お盆のお墓参り用の花をたくさん置いたら、色とりどりの花とグリーンで一角が花屋さんみたいな癒しの空間になりました。


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〝8月は亡き人を思う月〟
どこかでそんな言葉を目にしたことがあります。
お盆を迎えるこの季節になると、自然と亡き人の思い出がよみがえります。
父が亡くなった後に、遠くに住む父の従兄弟から私宛にメールが届きました。
そこには終戦時、従兄弟の家族7人が父の家に疎開してきた時のことが書かれていました。
父は当時11歳でした。数年前に父親を病気で亡くし、父の兄もその戦争で戦死していたため、母と子の二人暮らし。
四条大宮から従兄弟家族の家財道具を大八車に乗せて、従兄弟の長男とまだ11歳の父が疎開先の父の家まで運んでくれたこと、
お風呂も父が燃料を集めてきて沸かし、一緒に入らせてもらったこと、
そして、長い間疎開から四条大宮に帰れなかったのに、父は文句一つ言わず7人家族の面倒を見てくれたのだ、と、メールには書かれていました。
ちょうどその時期に、京都新聞に載っていた 10-FEET というバンドのTAKUMAさんという方が書かれた文章を読んだのですが、
TAKUMAさんが、 「ある出来事があって死を予感した時に、あれこれ悩んで心を病んで、考えて考えた果てに、
自分もせっかく地球に人間として生まれたのだから残りの時間を好きな人、親やきょうだい、大切な人と過ごして、死ぬその瞬間まで力いっぱい幸せに生きよう」と
「自分は死んでも自分のことを覚えてくれている人が居れば、その人が自分の記憶を持ったまま、一緒に、代わりに生きていってくれる」
「自分が死んだ後の魂は「記憶」として身近な誰かの胸の中で小さく残っていくぐらいで良いではないか」
と考えるようになったのだと。
「誰かのために生きることは自分のために生きること」
という言葉がとても胸に刺さりました。
父の従兄弟が父の事を思い出してくれる
受け取った優しさが誰かの中に残っている
そういう生き方でいいんじゃないかな、
というか、
そんな生き方ができればいいな
と、ぼんやり思った夏の夜でした。

